東京高等裁判所 昭和30年(う)840号 判決
被告人 篠永倫
〔抄 録〕
右被告人の控訴の趣意は、要するに、原判決には審理不尽乃至事実の誤認があるというのであるが、原判決挙示の証拠を綜合すれば、原判決認定のごとく、被告人が荒雄嶽鉱業株式会社取締役社長志馬寛らと共謀の上行使の目的を以てほしいままに大王製紙株式会社東京出張所常務取締役井川達二名義の約束手形三十八通の偽造を遂げた事実を認めることができ、記録を精査検討しても原判決に審理不尽乃至事実誤認の疑は少しも存しない。所論は、被告人が大王製紙株式会社東京出張所長として本件手形振出の権限があつた旨主張するけれども、被告人が、原判示のごとく、大王製紙株式会社の東京出張所長として、同会社本社の指示承認を受けた場合に限り同会社のためその支払手段として大王製紙株式会社東京出張所常務取締役井川達二名義の約束手形を振り出す権限を有していたことは井川伊勢吉の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書、原審証人井川伊勢吉の原審公判廷における供述及び押収にかかる東京地方裁判所昭和二十九年証第三五四号(当庁昭和三十年押第二九三号)の十一(昭和二十七年九月十七日付で大王製紙株式会社常務取締役金本経理部長より同会社東京出張所長及び大阪支店長宛になされた手形発行に関する指令書)に徴し明らかなところであるから、被告人が本社の指示承認を受けずほしいままに本件手形を振り出した以上手形偽造の責を免れ得ないことはいうをまたないところである。したがつて、本件手形が、所論のごとく融通手形であるとしても、被告人に本件手形偽造の犯意がないものということはできない。なお、所論は昭和二十八年三月十一日この融通手形の件を大王製紙株式会社取締役社長井川伊勢吉に報告し諒承を求めた際、結局やむを得ないこととして承認し、支払期日の来ていない手形に対して株式会社奥谷商店振出、大王製紙株式会社宛の手形をとるよう被告人に命令し、被告人はこれを受け取つて大王製紙井川社長に報告、手渡し、同社長はこのうち八百五十万円を割引して、その資金で今回問題になつている手形を支払つているから、偽造の判定は全く不当と思考されると主張するのであるが、右は記録に徴すれば、同年三月五日頃当時被告人の私生活の面で不審を抱いた大王製紙株式会社取締役井川社長の命により同会社取締役支配人南陽吉が東京出張所に派遣せられ、被告人立会の上同出張所の帳簿と取引銀行の帳簿とを照合し、被告人を追及した結果、被告人の本件手形偽造の事実が発覚したものであつて、所論の手形処理の件は当時支払期日の切迫していた金額百五十万円の偽造手形五通及び金額百万円の同手形一通の支払に関し取られた応急措置に過ぎずこれがため被告人の本件手形偽造の罪責には何らの消長を及ぼさないものといわなければならない。畢竟、所論は採用し難く、原判決には何らの誤りも存しないから、論旨は理由がない。
(花輪 山本 下関)
註 本件破棄は量刑不当。